内定式

気づいたらもう10月。寒くなってきたなという日が続いたと思えば、急に暑くなってきたりと、なんだかよくわからない季節である。自分の記憶では割と冷たい雨が降った後にはどことなく寒い日々が続いていき、秋の到来を感じていたような気がする。こういう季節の感覚は、冬に夏の暑さを思い出せないように、どうも記憶に残らないように思う。

しかし今年はいつもとは違う10月を迎えた。自分も今年で長かった学生生活を終え、社会に出て働くことになっている。何故か理由はわからないが、企業は示し合わせたように10月1日に内定式というものを行うらしい。

一回大学に入る前に浪人し、修士課程まで進んだ自分は、気づいたら今年25歳になるようだ。高校から大学までストレートで卒業し就職した友人と比べると、既に3年ほどの遅れをとっているのである。既に過ぎてしまったことはどうしようもない。4月から新しいスタートを切ることに集中しよう。

事前に内定式について調べてみたのだが、どうやら何枚かの書類を受け取り、偉い人の話を聞いて、あとは立食パーティーを行うというような形式が一般的のようだ。この内定式の最中も誰がどんな行動をしているのか、細かく観察されているという情報もあった。無事、内定と言ってもまだまだ気を抜くことはできない。しかし、よく考えてみれば入社後も別に気を抜くことはできないのだろう。

内定式の服装は何故かフォーマルな服装が指定されていた。何故か、というのも実際に就業するときの服装は私服だからだ。そういった自由なところに惹かれたのだが、こういうイベントのときはTPOをわきまえろ、ということなのだろうか。そういった疑問が浮かんだが、場所を調べてみると良いホテルを使って行うようなので、そういった事情もあるのだろう。

式自体は午後から始まるので、当日はゆっくり起きることができた。こういうイベントの前日はどうも寝付きが良くない。起きてもあまり他のことに手がつかないので、お昼ごろまでゴロゴロしてから、シャワーを浴びて準備した。時間もあったのでシャツに丁寧にアイロンをかけて、革靴にクリームを塗ったりした。就活以来久しぶりに着るスーツは、ちょっときつく感じた。途中、こういうときのスーツは就活でつかったものと違うほうが良いのかと思ったりしたが、所詮学生だし今更どうしようもないのでそのまま出かけることにした。

会場となった椿山荘は駅から降りて結構歩いたところにある。もしかしたら降りる駅が悪かったのかもしれないが、坂を結構登ったような気がする。本当にこんなに登ってこのホテルまで来るのだろうかと考えた後に、こういうホテルに来る人は普通にタクシーで来るのだということに気づいた。タクシーで来るというのを思いつかないところに、貧乏学生であることを実感し、地に足がついていて嬉しいような悲しいような、微妙な感情になった。こういったイベントにタクシーで乗り付ける新卒などは、あまり会社からの印象も良くないだろうから歩いていくのが正解である。

到着して見てみると思ったよりも豪勢なホテルで、何か若干圧倒されてしまった(ここにも貧乏学生らしさが出ている)。もちろんスーツ姿の学生と思しき人が何人もいるのだが、他にも小さい子を連れた家族もいたりした。小さい頃からこういうところに出入りする人もいる一方で、自分のような浮いた存在もいる。自分の居場所が定まらない様子の学生は他にも沢山いて、彼ら彼女らは内定式で緊張しているのか、慣れない場所に緊張しているのか、きっと本人にもよくわからないのだろう。

会場はおよそパーティをするために作られた広い部屋に、椅子を敷き詰めて行われた。ほとんどが日本人のはずなのだが、スピーチは英語で面食らってしまった。あまり内容は内容なので言えないのだが、学生を激励するようなスピーチを聞くことができた。最後の方にあまりSNSなどでいろいろ広めないようにという注意喚起がなされた。確かに最近Facebookで検索すると、内定者コミュニティが沢山出てくるという話題が広まっていた。まぁこういった当たり障りのない内容の日記であれば問題ないだろう。

話が終わると一旦部屋を退出させられて、パーティが準備された。再度部屋に入ると綺麗に机が並べられ、立食パーティの準備ができていて感心した。パーティは普通の立食パーティで、特に目新しいことも無かったように思う。一応ここでも注意深くお酒を避けておいた。あまり偉い人がいる前で下手なことをしないほうがよいと考えたのだ。とはいうものの、他の同期は結構フランクになっていた。

パーティも終わると、何人かは集まってもう一度飲みに行くようだった。自分は慣れないところでいろいろなことがあって疲れてしまったので、明日朝からバイトだからという理由で、何人かの同期と一緒に帰ることになった。帰り道はやっぱり来た道と違っていて、ちょっと遠い駅から来てしまったのだなと思った。

帰りの電車では大学の卒業こととか、式での英語スピーチとかの話題をして過ごした。全く聞き取れないわけではなかった分、自分はまだマシだったのかもしれない。家に帰ってスーツを全部脱いで下着になると、適当にPCを立ち上げていろいろチェックしたりした。早速Facebookの内定者コミュニティにいろいろ書かれている。若干の、いや、かなりのテンションの差に来年からの生活が不安になったりするが、そう思っても仕方がない。RSSリーダーの未読を消化しようと思ったが、疲れているのかサイトをみても続ける気が起きないので、早めに寝ることにした。が、なかなか寝付けない。それもそのはず夢の中で夢はみられないのである。現実の自分は10月1日はバイト先で普通に働いていたのである。よって、この日記は最初の段落以外はすべて妄想である。現実は厳しい。


photo credit: paul goyette via photopin cc
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